オードリー・ヘップバーンが宝石みたいだ。映画「ティファニーで朝食を」の感想(「ムーン・リーバー」和訳付)

先週、朝から長時間電車に乗る用事があったので、道中に映画でも観ようかと思いAmazonプライムビデオで作品を物色。

特に何が観たいという気分でもなかったのだが、昨年9月にニューヨークに行ったこともあり、何となく選んだのが、オードリー・ヘップバーン主演の「ティファニーで朝食を(Breakfast at Tiffany’s)」。

ニューヨークを舞台に自由奔放な主人公ホリー・ゴライトリーを描いた言わずと知れた名作で、1961年の公開だそうだ。

大学時代にトルーマン・カポーティの原作は読んだことはあったけれど、映画版を観るのは初めて。

で、感想はどうかというと・・・、とにかく凄くよかった。もちろん、オードリー・ヘップバーンが。

で、ここからしばらくオードリーを褒める文章が続くわけだけど、よかったら付き合ってください。劇中曲「ムーン・リバー」の歌詞和訳も載せています。

photo : Classic Film

オードリー・ヘップバーンが宝石みたいだ

photo : Classic Film

完璧なルックスと愛嬌、天真爛漫な性格と時々垣間見える弱さと儚さ。

一人の女性がこんなに美しく輝いて見えることがあるのか、と思わず感心してしまった。

冒頭からラストまで、この「ティファニーで朝食を」に映るオードリー・ヘップバーンは、まるで宝石みたいだ。

photo : Classic Film

もちろん、僕たちはオードリー・ヘップバーンが何年も前に亡くなったことを知っているし、年老いた彼女の姿も見たことがある。映画の中の彼女の姿はもうずいぶん昔のもので、若さはもうとっくに過ぎ去っている。

そういうことを思い出すと冷めてしまうものだけど、この作品の中の彼女はちょっと違う。今なお完璧な存在として君臨していて、その強い磁石のような魅力に誰もが惹きつけられてしまうのだ。

photo : Classic Film

「ティファニーで朝食を」の中のホリー・ゴライトリーは、50年以上たった今でもそのままの姿で生きていて、当時のニューヨークの街並みや人間模様、時代の空気すらも、彼女の魅力とともに作品の中に永久保存されている、そんな気がしてくる。

ムーン・リバーが凄くいい。(歌詞和訳あり)

photo : Classic Film

この作品に情緒的な雰囲気を吹き込むのが、劇中に何度も挿入される、ジャズスタンダードとしても数えられる名盤「ムーン・リバー(Moon River)」。

最も成功した映画音楽作曲家の一人として、数々の名曲を生み出したヘンリー・マンシーニが作曲。彼の他の多くの楽曲がそうであるように、音楽が作品の個性を絶妙に印象づけている。

オードリーが演じる主人公ホリー・ゴライトリーの美しさや儚さ、また作品全体に漂う若さや豊かさという夢、男女の脆い恋仲。作品の中で、音楽が語る要素、担う役割は実に多い。

Moon River(拙訳)
ジョニー・マーサー作詞・ヘンリー・マンシーニ作曲

Moon river, wider than a mile
ムーン・リバー(月の河)、それは1マイルよりも広い

I’m crossing you in style some day
私はいつの日か、堂々と渡ってみせるわ

Oh, dream maker, you heart breaker
あなたは夢をくれたり、心を傷つけたり

Wherever you’re going, I’m going your way
あなたが何処へ行こうとも、私はあなたに着いて行くわ

Two drifters, off to see the world
2人は世界を旅する流れ者

There’s such a lot of world to see
この世界には見てみたいものがたくさんある

We’re after the same rainbow’s end, waiting, round the bend
私たちは同じ虹の果てを追い求めている、それは曲がり目のところで(私たちを)待っている

My Huckleberry Friend, Moon River, and me
私の昔からの大切な友人、ムーン・リバーと私。

ゆったりとしたリズムに、スケールが大きく、美しい歌詞。歌詞は作品のストーリーをほのめかすような、暗喩的なものを感じる。

オードリーが「ムーン・リバー」を歌うシーンは、映画史に残る名シーン。

この曲を聴くと、ベランダでギターを持つオードリーの姿が目に浮かぶ人は多いだろう。

色々あった映画だそうだが、そんなことはどうでもよい

photo : Classic Film

この作品は当時の時代背景と現在とのギャップもあり、劇中で描かれるシーンやエピソードに対して、しばしば批判されることも多い。例えば、こんな部分。

  • アパートでどんちゃん騒ぎをして、住民に迷惑をかける
  • 男女のデートで万引きをして楽しむ
  • 静かな図書館で騒ぎ、注意されてもまだうるさい
  • どこでもタバコ吸いまくり
  • タバコポイ捨てする
  • 猫もポイ捨てする(後で拾うけど)
  • ユニオシのキャラが人種差別的(日本人、黄色人種に対して)

↓主人公が住むアパートの上階に住んでいる、口うるさい日本人という設定のユニオシというキャラクター。醜い容姿がステレオタイプとして描かれ、しばしば差別的と批判される。

photo : Classic Film

こうやって列記してみると、確かにあまり品の良い映画にはみえないよね…。

だけど、そんなことどうでもいい。

本質を見よう。別に主人公や作品の品行方正を観るために映画を再生しているのではない。

だいたいね、血は出すな、裸は出すな、スピード出すな、スポンサーのロゴは出せ、では何も表現できないではないか。

また、制作者サイドにも、実際のところ色々とあったようだ。

例えば作者のトルーマン・カポーティは、マリリン・モンローを主人公にすることを希望していたとのことで、オードリーのキャスティングを「ミスキャストだ」と話していた。

photo : Rokr Rafterson

また、映画のストーリーは原作とは大きく異なっており、そのことについてもカポーティは失望していたと言われている。

一方、そのオードリー・ヘップバーンも、主人公のホリーが娼婦であり(作中では娼婦というよりは愛人業っぽく描かれている)、外向的で天真爛漫なキャラクターであることについて、当初は演じる自信がないと漏らしていた。

出演後も、自身のイメージがホリー・ゴライトリーのイメージと重ねて見られることに対し、嫌悪感を持っていたと言われている。

まあ、制作秘話やその後のエピソードを含めて、色々とあったわけだが、何度も言うように、そんなことはどうでもよいのだ。

何があろうと、この作品の素晴らしさを損なうものではない。

「ティファニーで朝食を」が現実に

photo : Classic Film

よく勘違いされる話であるのが、「ティファニーで朝食を」というタイトルは、比喩であるということ。

ティファニーは宝石店なわけで、実際は朝食を食べれる場所ではなく、このタイトルは「ティファニーで朝食を食べるような身分」「憧れの場所で朝食を食べるような非現実」、つまり主人公の憧れを表しているわけです。

が、しかし、

実は、映画の影響を受け、ニューヨーク5番街のティファニー本店にカフェが2017年にオープンしたとのこと。

photo : 「ティファニーで朝食を」の夢が現実に NY五番街本店:朝日新聞デジタル

これにより、主人公ホリーが思い描いた「ティファニーで朝食を食べる」が半世紀以上の時を経て、現実になったのである。

2017年11月にオープンしたとのことだから、もう2ヶ月早ければ実際に見に行けたのになと、ちょっと残念。まあ、みなさんの想像に容易いように、めちゃめちゃ高いのだけどね。

ニューヨークに行く機会があったら行ってみてください。

それでは今日はこのへんで。

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